地方自治体の世界にも、民間企業でいう財務諸表がある。財務4表として総務省から提示されているものでは貸借対照表、行政コスト計算書、純資産変動計算書及び資金収支計算書があり、そのうち「行政コスト計算書」は民間企業でいう損益計算書に相当する。これには2つの様式があり、ひとつは総務省方式改訂モデル、もうひとつは基準モデルという。他方財務省から提示されているものは、「行政キャッシュフロー計算書」といい、財政融資の審査に使われている。民間企業でいうキャッシュフロー計算書と同じものであるが、使われ方をみると損益計算書に近い。正確にいえば、銀行が融資先の審査に使う、現金ベースに引き直した修正損益計算書と言ったところだ。地方自治体版の財務諸表には他にも「東京都方式」などの� ��派がある。
いずれも従来型の地方公会計(歳入歳出決算書)が抱える問題を財務会計の手法で解決しようとした研究の成果なのだが、考え方の相違によって複数の流派に枝分かれした。地方公会計には、貸借対照表、発生主義、複式簿記、連結会計などの論点があるが、それぞれ企業会計に近づける観点から導入が必要だという方向で議論されてきた。一方、これらの導入について行政キャッシュフロー計算書は消極的である。企業会計への準拠といえば行政キャッシュフロー計算書が想定する財務分析が民間にもっとも近いにもかかわらず、である。どうしてだろうか。本稿ではまず行政キャッシュフロー計算書に内在する会計目的について明らかにした上で、それが民間流の分析手法を地方自治体に適用するにどのような課題を見出しいかに克服� ��たのかについて考えてみたい。この延長で、発生主義や複式簿記など地方公会計を巡る議論について会計目的の切り口から整理をこころみる。
行政キャッシュフロー計算書に内在する会計目的
行政キャッシュフロー計算書は目的が比較的明らかである。本来的には地方自治体の返済能力を検証する道具として作られている。返済能力とは財政の持続可能性に他ならないことから、転じて自立的な行政経営に行政キャッシュフロー計算書を活用できるということだ。債権者には償還確実性が、住民等には財政の持続可能性が、行政経営にはキャッシュフロー経営の観点で財政改善を企画立案そしてモニタリングのポイントが一目見てわかるように表示項目とその配置が決められている。「形態は機能に従う」のである。
財務状況についていえば、行政キャッシュフロー計算書は財務状況の悪化を「把握」するだけでなく、その原因を「分析」することもコンセプトの内にある。財政の悪化を把握するならば、実質公債費比率を含め4つの健全化判断比率もよいだろう(それにしても債務償還年数すなわち返済能力の観点はこの指標群に含まれていないが)。しかし把握のみならずその要因を分析するということであれば、行政キャッシュフロー計算書のほうが便利である。財政悪化を示す債務償還年数その他のキャッシュフロー分析指標の悪化要因を、行政キャッシュフロー計算書の項目をもって追跡することができるからである。
総務省方式モデル、基準モデルで作られた財務書類においては健全化判断比率と直接の関係はない。たとえば、借入の大きさを財政規模との比で表す財務分析指標をみてみよう。キャッシュフロー分析指標の「実質債務月収倍率」の分母たる行政経常収入は行政キャッシュフロー計算書の最上行にあるそれと同じである。だからして「実質債務月収倍率」の悪化要因を行政キャッシュフロー計算書に追うことができる。一方、健全化判断比率のひとつ将来負担比率の分母は「標準財政規模」であるが、これは行政コスト計算書の「経常収益」とは異なるものである。
貸借対照表がないのはおかしいか?
地方自治体に貸借対照表がないのはおかしいという議論は、地方財政を把握するにあたってストック情報が重要だという問題意識に発している。従来軽視されてきたストック情報が重要であることは論を俟たない。が、それが貸借対照表という開示形態でなければならないのか。ちょっと立ち止まって考えたい。
!doctype>